2016年9月14日水曜日

自分を隠す??

自分を出す??出さない??

会社で、、、

飲み会で、、、

家族で、、、

会議で、、、

会話で、、、

友達と、、、


場面によって違いますよね。

往々にして『自分を隠す』ことってありますよね??



人は気持ちを隠すことが得意です。

犬は気持ちを隠すことは、あまりありません。特に犬の体は隠すことが、なかなかできません。

緊張すれば勝手に毛が逆立つなどしてしいます^^;

でも本当は人も体は隠すことができません。

人間の体では『眼』です。

『眼は口程に物を言う』と先人は言います(o_o)

『眼』は嘘をつけないのです。

その『眼』や他の部位のトータルで隠している『雰囲気』を感じ取っています。女性は特に、、、


怖いですね〜


そして1番『雰囲気』を感じ取っているのは犬!!なんです〜




早速、今日の結論!!

犬は気持ちをあまり隠さない。

人は気持ちをよく隠す。
(隠すことができると思っている)

本当はだれも気持ちを隠せない。



実はあなたのことを1番分かってくれているのは『愛犬』!!

なのかもしれません^_^










抽象化の一致

意見の相違。

そんな会議がありました。

そんな時は各々の考えを抽象化していくと交わる点が出てきます。

その点がお互いの意見の一致になります。




例えば家族のやりたい事が旅行と貯金に分かれるとしましょう。

旅行を抽象化すると→家族の幸せ

貯金を抽象化すると→家族の幸せ

に行き着きます。

家族の幸せを考えていることは一緒で、何がしたいかが違うだけ。

家族の幸せを元に話し合うと、お互いのあるべき結論にたどり着きます。

以外と『家族の幸せ』というお互いの一致した気持ちを忘れてしまって、自分の気持ちに支配されてしまいます。

そうするとトラブルになりやすいですね^^;


抽象化はとても大切になります。

これは犬と人が上手くいかない時も一緒です。

犬が飛びつきたい。

人が座られて撫でたい。

抽象化の一致をすると『コミュニケーション』をお互いしたい。

なのでまず、すべきことは叱って止めさせることではなく『コミュニケーション』をお互い取れるようになること。

それはボール遊びでも、オヤツをあげる時でも、散歩いくことでも、何でもよ良いのです。

大切な事は、お互い嫌なことは伝え合いながら『コミュニケーション』を一致させていくと、あるべき姿になっていきます。



叱るのはお互いが『コミュニケーション』の理解が終わってからで良いのです。でもつい忘れてしまうんですよ^^;

ついつい忘れてしまう『お互いの一致』をいつも思い出しましょうね^o^

2016年9月11日日曜日

月を見て、、、

月を見てると『この地球でなんのために生きてるのか』って思います。

誰かのためとかではなくて、宇宙の小さな1つとして回ってる感じです。

宇宙に何かを感じるんだと思います。

絵に書いてみましたが、、、


よく分からない感じ(°_°)

こんな絵や言葉で表現できない『感覚』。

この『感覚』は犬の方が優れているように思います。

その『感覚』を信じて体を動かす。

遠く遠く離れた場所の音や動きを感じる。

実際には僕らが聞いているような音の感じよりも、音波に近い形で気配を感じるんだと思います。

なので『感覚』として捉えて何かを感じ行動する。

動物が満月の時の行動変化も認められています。



きっと僕らにもある『感覚』。

そして身近で感じられる『感覚』。

その『感覚』を犬と人が一緒に感じられるのがあります!!

それは『山歩き』。

獣の気配・山の気配・犬と人の繋がり。

それはなんとも言えない『感覚』です。特にいつ何が起こるかわからない冬の山だと特に(°_°)

危ない山でなくても、安全な山で犬と人と一緒に歩いてみてください。

何かを感じるかもしれませんよ^_^

その何かは、きっと太古の暮らしを生きた何とも言えない『感覚』なんだと思います^o^









伏せるの本当の意味

今日はとても収穫がありました^_^

近所の仲良し友達と話していて、とても素晴らしいと思われる(まだ読んでいません)本を借りました。

そして近所の高校で図書館の処分本を購入しました。

もうねたまらなくワクワクしてるわけです。

もっと昔の『犬』と『人』を理解できそうな予感です^o^

これは夜を徹して読書になりそうです。

『縄文』をも少し深く読み取るので、また縄文犬はいずれ。。。




昨日今日と同じですが、ここで1つ。


『伏』の漢字になぜ犬が付いてるか??

『伏』は伏せる→人が埋葬(地面に伏せる)→その隣に犬も埋葬

つまり隣で人を守る意味で犬も埋葬されている事を表しています。

それぐらい人の助けや、信仰の対象になるぐらい、人にとって重要だったってことなんです。

昔から大切な存在だったんだと改めて感じます^o^


2016年9月10日土曜日

『臭』の漢字しってる??

先ほど記事を書いてたらですね、、、

、

、

、

記事全部消えちゃいました〜

色々かいてたのに(;_;)

今日車で『縄文時代の犬は幸せだったろうな〜』

って思ったので、そんな事書いてました。

また明日再度書いてみます〜

最後に1つの豆知識。

『臭』って漢字の『自』は犬の鼻で『大』は犬の文字です。



むか〜しむかしから臭って生きてたんだね〜




2016年9月8日木曜日

友達って必要??

友達って必要??

う〜む。

お客さんから言われ考えてます。

あまり考えたことがなかったです(°_°)

とりあえず僕ら人間から考えてみましょう〜



僕らにとって『友達』は必ずしも必要ではないですよね。別のことで満たすことも可能です。

でも『友達』がいた方が豊かになるのも事実。悩みが増えるのも事実。

そして何よりも『共有意識』を持つことは心の安定をもたらします。

心の豊かさと安定。。。。。

それは心を広げる・自分を広げると言えるかもしれません。

ただ1人では生きていけないので、必ず誰かとは『共有意識』を持っているはずです。


さてここで犬。



犬も必ずしも『友達』が必要ではありません。

群の中(家族)での関係性が重要になります。まずここを大切にしてます(まあ人もですが)。

次に『友達』がいると、色んな意味で心の広がりが出ます。

個人的には『ゆとり』を持つようになると思います。

基本的にあまり『友達が必要』は犬も人も変わりがないと思います。


ただねただね。。。



『親友』はその子にとって非常に大切です。

それは自分の親のように影響力があります。

そして人も犬も、1人・1匹の親友がいたらラッキーだと思います。

『親友』と『友達』の違いって感覚に近いので、これがあるから『親友』ってのはありません。

なので犬に聞けないし、人にも理由は本当のところわかりません。

『大切』ってことしかわかりません。

僕らも犬もきっと、想像以上に他者から色んな大切な何かを受け取っているんだと思います。

たから必要であるかどうか!

よりも、色んな人・犬や大切な人・犬が居ることが重要なんだと思います。

1人でも100匹でも家族でも同居人でも大切な人・犬がいてるからこそ、この先も素晴らしい出会いがあり、素晴らしい人生・犬生があるんだと思います。

そしてまだまだ素晴らしい出会いをしていきたいですね^o^


追記

ちなみに僕は犬を飼うと『飼主』と言うよりも『親友』に近い感覚を覚えます^_^







2016年9月7日水曜日

要求ってなあに??③

前回の続きは『心の発散要求』を満たすための『自主性』でした。

そして話に入る前にまずは『自主性』は『人と犬』で何が一緒で何が違うのか??

犬は『自主性』があります。

人は『自主性』と『主体性』があります。

『自主性』はやる事が・決まっていること・を自ら率先して行います。

『主体性』はやる事が・決まっていなくても・考え判断して行います。

厳密には犬も『主体性』はありますが、人と犬とで暮らす上では強く作用しません。



やる事を自ら率先して行う行動。。。

犬

・ご飯の前に座って待つ。
・散歩前に座って待つ。
・誰がが来たら吠えて知らせる。
・朝起きたら挨拶に近づいてくれる。

人

・ご飯の前に食器を用意して待つ。
・遊びに行く前に準備をする。
・誰がが来たら出迎える。
・朝起きたら挨拶する。

すごく身近なことは『自主性』を意識なんてしないぐらい普通にしています(無理やりじゃなく自然に)。

もちろん猟犬の『自主性』を持った行動は最高のものですが、、、身近でないので今回は置いといて、



生活の中で人と犬は『自主性』を重んじながら、教え合いながら『ルール』を作っていきます。その『ルール』が崩れると問題が起こり、『心の発散要求』も崩れる事になります。

その『ルール』の教え方に色々な方法論があり、正解なんてありません。

子育てをしている人は特に理解しやすいのではないかと思います。

ただ犬の場合は『ルール』作りが、あやふや(心に自主性がないか、無理やりか、ストレスがありすぎるか、)だったり、『ルール』が少なかったりすると問題が起こりやすい傾向になります。

『ルール』を理解して『自主性』を持って動けるかが大切になります。

『自主性』があるってことは、それだけ『コミュニケーション』を取れてことになり、前々回の『集中要求』も満たすことになります。



躾の話はいずれまたにしますが、まず身近な『お座り』『待て』『伏せ』等々を『自主性』を持ってできるかやってみましょう(最終的にはオヤツなしですよ^_^)!!

そこを大切にすると『心の発散要求』は満たされていくということになります^o^

追記

こんなことを書いている僕はと言うと、『自主性』と『主体性』を持つ我が子の子育てを悪戦苦闘しながら暮らす毎日なのです^^;